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経営コラム

 あなたの会社を救う、もう一人の経営者

〜ひとりの経営者による経営からチームによる経営へ〜

ヤンエグニーズ

 政治の関心事が経済の話に集中して久しい。構造改革をやるのは、不景気を打破するためと思われているのであって、政治的に見て適切なことをやるためであるという認識はほとんど持たれていない。一般庶民が株価の動きに一喜一憂するような日常を、かつての日本は想像できたであろうか。経済や経営に多大な関心が持たれ、毎日毎日、様々な経済予測や見解、学説、モデル、ノウハウ…が展開されている。しかしながら、未来に対するイメージは未だ莫としたものでしかなく、成功への道筋は明確にはなっていない。昨今のように世界がめまぐるしく変化し、厳しい経営環境の続く中で、経営者の皆様は何を考えておられるだろうか。ゆるぎない自信を持って、確固とした方針の下、経営を行えておられる方は、一体何%ほどいらっしゃるだろうか。

 多くの経営者の方々にお会いする機会に恵まれている私は、ここ数年、どこに出掛けても同じようなお悩みをお聞きすることになった。「頼りにできる役員がおらないのです。」「相談できる幹部がいない。皆、頭が固くて、外を見ようとしないので、世間知らずだ。」「現在の役員は今まで本当によくやってくれたが、もうこれからは同じやり方では通用しないでしょう。だからと言って急には変われと言うのも無茶な話だし、若手に期待するしかないけど…。」といった人材不足を嘆くお声である。また、人事担当の方々から「会社は今、抜本的な改革が必要なのですが、これには若手の幹部が当たるほうがよいと思います。早急に若手に成果をあげさせるための教育体系はどのように作るべきでしょう。」といったご相談が集中した。仲間のコンサルタントたちと話してみたところ、みな同じようなニーズが感じられるという。「大企業でも、出世街道をひた走ってきて、すごろくで言えば、もう“あがり”という人も多い。これ以上の目標がないと守りの姿勢になってしまうから、むしろ改革については若手のほうに期待がかかっている。」という友人もいて、彼はこれをヤングエグゼクティブ・ニーズ、略してヤンエグニーズと呼んだので、私の周囲では流行言葉となった。


Dr.ドラッカーの魔法の一言

 このヤンエグニーズに答えようと、我々は様々な形で若手幹部の育成のお手伝いをしてきた。クローズド型(一つの会社内だけで行う研修)の新しいプログラムも策定して、成果も上がってきていた矢先、私は、あるクライアントが、契約更改時にプログラムの休止をしたいと言われるのを聞くこととなる。今まで、ずっとコンサルタントとして企業経営のお手伝いを続けてきて、どんなに大変な状況下でも、プログラムが中途で休止状態になるなど、なかったことである。理由は、いろいろとあったであろうが、ある幹部の方が「忙しい中を若手に教育の場を与えていても、いつ利益につながるのかわからない上に、口ばかり達者になってくる」という理由を訴えられた。意気揚々と、継続を決意しておられた社長も、結局は中断を決定されることになってしまう。それでなくても、このように大変な昨今の経営環境である。悠長なことをしている経済的、時間的、精神的余裕は、どの企業にもないであろう。他のケースでも、多種の様々な懸念材料が想定できた。このままでは、成果をあげられず中途でとん挫してしまうケースが、また出てくるに違いないと思って悩んだ。

 しかし、何につけても、企業の最終的な方針決定をされるのは、やはりトップ経営者ご自身である。トップが、なんとしても次世代を担う経営陣を育成するのだという決意を持って、事にあたっていただかなくてはならない。それには、トップが経営というものを本当に深く勉強され、幹部をはじめ社員の一人ひとりに至るまで、様々なことを勉強するべきだと思っていただかなくてはならない。知識として獲得された経営手法を武器として、実践に当たるということの威力を、身を以って知っておられる方でなくては、そうはならないであろうと考えた。

 どうすれば、トップ一人が経営に悩まれる現状を変えられるのか。いかにして今後の企業を支える社長の片腕をつくることができるのか。若手から次世代の幹部を育成しようとする時にぶち当たる壁をどのように克服すべきなのか。このことばかりを考え続けた私は、ついに、新しい経営講座(エグゼクティブ・コミッティー)のアイデアを出し、ブレーンと話し合い、この講座の原案を持って、アドバイザーの小林薫先生(産能大学教授)をはじめ、多くの方々に相談や協力依頼をして回った。思いあまって、今年6月、再びDr.ドラッカーにお会いする機会に恵まれた際、先ほどの若手の教育を現幹部が否定してプログラムがとん挫してしまうケースなどを、どう回避したら良いのかお尋ねしてしまったくらいである。ご存知の通り、師は「マネジメントを発明した男」と呼ばれるほどの、経営学の大御所であられる。この質問に、ほんの一瞬、それこそ、まばたきするほどの短い間、深く吟味され、すかさず、「それは、やはり、トップからはじめるべきだろうと思う。」とおっしゃられた。それをお聞きした私は、急に、何か憑き物が落ちたような心地がした。この言葉には本当に起爆力があった。師は、新しい講座について、次から次へと様々な事例を上げ、日本の現状に照らし合わせて適切な説明を付け加え、注意点をアドバイスしてくださった。

経営者はひとりであるという迷信

 「ワンマン経営者」という言葉は、なんだかもう古くさく感じられるほどである。しかしながら、「孤独な経営者」は相変わらず、必要以上に多いのではないだろうか。考えてみれば、私も、そのような経営者のサポーターになりたい一心で、ここまでやってきたのではないかと思う。

 経営者がやるべき仕事とは、一体どれくらいあるだろうか。例えば、

・自社の事業について徹底的に検討する
・事業全体の目標を設定する
・目標達成するために必要な意思決定を行う
・目標と意思決定の内容を経営幹部全体に理解させる
・経営幹部に会社全体を見渡し、自らがやるべきことを考えさせる
・経営幹部や自分の周囲にいる直属の部下の仕事を測定し、評価し、フィードバックを行う
・経営幹部に、部下の仕事の評価基準を設定させ評価に当たらせる
・経営幹部の人事について意思決定を行う
・後継者や次期経営幹部の育成を行う
・社員のモチベーションを高める
・人事や組織構造について、必要な意思決定を行う
・新規事業や新商品開発についての意思決定をする
・設備投資や資産運用あるいは資金調達について決定する
・商品・サービスの価格を決裁する
・新入社員や若手幹部との懇親を行う
・VIPとのおつきあいや大口客からのクレームに対処する
・対外的な活動や、業界の集まりに出る
・従業員の冠婚葬祭に出席する

まだまだ、数え上げれば限りがない。その上に、何か一つのことを決定するにも、会社を取り巻く複雑な環境を考慮に入れ、お互いに相矛盾する事柄の整理をつけ、つまりあちらもこちらも立てて意思決定しなくてはならなのである。

 これらの仕事をたった1人の人間がやることは可能であろうか。また、この全てをやり遂げられるスーパーマンがいたとして、その一人が激務を続けて何年もつのであろうか。その人の職業人生は一つの企業よりも長いのであろうか。時代は、加速度的に変化し、しかも複雑化している。新奇な出来事も、すぐ飽きられ、目を見張る新種の技術は、すぐ陳腐化する。たった1人の人間が、すべてのことを見張り続け、対処するには自(おの)ずから限界が生じる。それにもかかわらず、経営者としての職責をただ一人の人間だけが担い続けるのは、企業にとって非常に危険なことである。


「わたしより優秀な」人材

 多くの企業において、業績の悪化が懸念されているが、それは経営者がいけないからであろうか。もちろん、全ての経営責任は、経営者その人にかかっているが、忙しく働き、一生懸命仕事をしていない経営者など全体の数からいってどれくらいいるだろうか。少なくとも、私が毎日お会いする経営者の皆様方は、骨身を削って働き、日夜会社のことを考えておられる方ばかりである。しばらくお会いしないうちに、あまりのことに体を壊してしまわれた方々までおられる有様である。これ以上仕事に精を出して頑張って働けとは、とても言えない。それにもかかわらず、仕事の成果を上げるにはどうすればよいか。効率のよい時間管理、効果の実証されている経営手法、その上にタフに働き続けている経営者が、それ以上にすべきことは何か。

 それは、案外に簡単なことである。株価が、いくら低迷を続けているからと言って、全ての企業の業績が低迷を続けているわけではなく、中には、勢いよく業績を伸ばし、あっという間に、有名優良企業になる会社もある。例えば、皆さんがよくご存知のファーストリテイリング社は、「ユニクロ」のブランド名で、消費者から絶大な支持を得て、一躍有名企業になり、様々な媒体で取り上げられているが、現社長の柳井氏が先代から家業のうちの一つである紳士服店、小郡商事を引き継いだ時は、わずか7人の会社だったという。様々の困難を乗り越えた柳井社長は、会社を、卸との取引をなくして、メーカー機能を持った小売店とし、徹底した低コストで低価格の良質な商品を顧客に提供することに成功した。経常利益率26%という驚異的な業績をあげている同社であるが’96年度当時には利益率は低下していたという。数々の問題に直面され、ある時とうとう、「これまで一人でやってきたが、これからはそうはいかない」と柳井社長は思われたそうである。そして、これまた、良く知られた話であるが、自分より頭の切れる、優秀な人材を経営幹部に採用された。その結果、’97年に沢田氏、’98年に現在のメンバーが経営陣入りし、不振であった家族向けカジュアル衣料店の「ファミクロ」、スポーツカジュアル衣料店の「スポクロ」を廃止し「ユニクロ」一本化への道を選択することとなった。この選択が同社を今日あるような成功へと導いたのである。

 経営者すなわち経営を執り行う人を、絶対に一人としなくはならないという法律はどこにもない。対外的に最高経営責任者や社長は一人でなくてはならないであろうし、最終的な責任は、トップ一人に帰せられるべきであろうが、日々の経営を、他の人と分け持って担当したり、話し合いによって、意思決定を行ったりするこことは十分可能である。独断で全ての意思決定を行うことよりも、ずっと会社のためになる。何があっても、社長の言う通りに動くイエスマン、自分がコントロールしやすく扱いやすい人間を幹部の椅子に座らせておくのは、決して得策とは言えない。敢えて厳しいことを言わせていただくなら、幹部や社員をトップの思う通りに動かし、トップの力を証明するのが、経営の目的ではない。むしろ、自分よりも優秀な人間、時に苦言を呈しても会社全体のためを考えて発言し行動してくれる人間と共に仕事をし、会社のために成果をあげることが経営の目的である。

 「成果をあげる」ことを主眼に置くとき、自ずから答えは出るはずである。出来うる限り優秀な人間の強みを生かした仕事をさせる。このことが最優先されるはずである。


チームで行う経営

 会社の経営組織がどのようになっているかは、少し置いておくとして、実際の経営が、どのように動いているのかという実態のほうに注意してみていただきたい。有名なところでは、ソニーの井深大氏と盛田昭夫氏、ホンダの本田宗一郎氏と藤沢武夫氏などであるが、現在、日本を代表する企業の多くが急成長した時期は、チームで経営にあたっていたことがわかる。

森永製菓は、創業者の森永太一郎氏が、1899年にわずか2坪の工場で西洋菓子をつくり始め、当初は大変な苦労をされたが、創業6年後に十歳年下の松崎半三郎氏というパートナーを得て事業は飛躍的に拡大した。森永が次々と出す新商品を、松崎氏の広告宣伝力で販売し、事業は急拡大したのである。「森永の松崎か、松崎の森永か。森永は二人にして一人である」と言われるほどだった。

 また、トヨタも戦後、過剰な設備や人員を抱えて経営危機に陥った時、その時の番頭格だった石田退三氏と神谷正太郎氏が販売と製造を分担し銀行からの融資を取り付けた。神谷氏は「売る方は引き受けるから、いくらでも造れ」といって業績を上げ、国際企業に飛躍する過渡期のトヨタを作り上げた。松下電器も松下幸之助氏は9歳年下の中途採用社員の高橋荒太郎氏に経理改革をすべて任せている。その後、高橋氏は社内固めの大番頭としての役割を全うし、工場進出、海外戦略でも、経営実務面で活躍し、世界ブランドの電機メーカーに導いたのである。味の素も二代目社長の鈴木三郎助氏のもと、弟の忠治氏(後の昭和電工社長)が製造、三郎氏が宣伝・販売を受け持って飛躍的に成長したのである。キャノンも当初、産婦人科の医師だった御手洗毅社長は、自らを技術も経理もわからない「経営の素人」と公言し、技術者の川口宏氏ら若手人材の考えを取り入れ、彼らに責任を与えて経営していた。

 また、新しいところでは、リクルートやビデオレンタルのカルチャーコンビニエンスクラブ(TSUTAYA)なども創業当初から経営チームで経営にあたっていて大きく成長した企業である。

 日本だけではない、むしろチーム経営の盛んなのは、アメリカの諸企業である。アメリカの大手企業であるGM、GE、デュポン、シアーズ、ATT、ゼネラルフーズ、フォードなど、列挙すればきりがないが、成長した企業はほとんどと言っていいほど、経営チームで経営をして成長できたのである。典型的な例では、米国のテキサス・インスツルメンツは、CEOと副会長二人の計三人で構成する「最高経営オフィス」があり、三人は対等な立場で、全社の戦略を話し合っている。現在、急成長中のスターバックスもシアトルでの創業当初から経営チームが存在している。しかも、あらゆる角度から検証された戦略で経営を行うため、多様性ということを重要視し、全く異色の人材を必ず経営チームに迎え入れることを条件に課している。結果様々な人種、年齢、性別の幹部が共に働くこととなっている。余談であるが、多くの人種を経営陣に迎え入れるということが困難な日本においては、せめて同年代の同じ畑出身の男性だけで、経営チームを固めないでいただきたいと思っている。最近、まず女性の比率を役員全体の30%くらいに増やすという「30%ルール」なる触媒システムを提唱しようかと言う人が、仲間内にいる。すでに、自然とそうなっている企業には優秀な企業が大変多い。もちろん、どういった場合でも、決定的に個人の力量と強みを選択基準に置いた人事でなくてはならないのは言うまでもない。

 

一人で行う経営

 ある企業の例をお話しよう。私が比較的最近コンサルティングを始めさせていただいた企業の中に、関西であるサービス業に携わる会社がある。この会社は創業10年くらいの会社で、スタートしてから5〜6年前までは業績が良く急成長していた。全国からモデル企業として見学に訪れる人が後を絶たなかったほどである。社長はとても営業力がある人で、自分だったらいくらでも売ることができるという自信を持たれている。社長自身が、営業の仕事をこれまでメインでやってきた方で、業界でもその営業力は高く評価されおり、普通の営業マンと比べてみると5倍くらいの業績を上げ続けておられた、脅威の営業マンである。しかし、最近は業績が良くない状態で、売上推移グラフの曲線でいうと、下りカーブにさしかかっている時期である。当初の業績が良かったのは何故かを分析してみると、その当時は業界自体が急成長していた時期とちょうど一致していた。この社長は、その時運に乗って、人一倍の負けん気と営業力で、余所の何倍も会社を成長させることができたのである。しかしながら、今、業界は成熟期にさしかかり、単に営業力だけでは成長できなくなってきたのである。業界が若くて、急激に伸びているときは、営業力が勝負になる。営業力があれば、商品やサービスにあまり違いがなくても、顧客は喜んで買ってくれる。こういった時期は、需要に供給が追いついていないくらいである。戦後まもなくの日本では、総じてどの業界も、こういった状況にあった。できるだけたくさんの顧客に会うという行動力がものを言う。しかし、業界の伸びが低迷したり鈍化してきたりすると、営業力だけでは成長できなくなるのである。

 この会社では、社長も必死に頑張っておられるが、幹部社員も、皆大変熱心であって、全社員上げて、営業を強化することに取り組んでいる。もちろん社長の関心事が、営業に集中しているのは言うまでもない。経営会議を開いても、営業マンの動機づけをどうするかとか、営業体制をどうするかとか、話は営業強化の話ばかりになっている。しかし、業績は上向かず、社員は徐々に疲弊してきているのである。

 経営戦略で有名なM.ポーターが表明しているように業界が成熟期に移行するときには、有効な戦略はほとんど3つしかない。あらゆるコストで主導権をとるか、差別化か、一点集中主義かである。成長期には、戦略のまずさは、あまり表面化しない。ほとんどの企業が生き残る。例えば、IT株がもてはやされていた一期、だれもどこの会社がどんな戦略をやっているかを深く考えて株を買ったりしなかったであろう。戦略がどうこうという前に、他に先駆けて早くやったところが伸びていたのである。ところが、成長が鈍化すると、シェア競争は激化する。わかりやすい例が、ファーストフード業界である。マクドナルトやモスバーガーなどのハンバーガーショップの事例、吉野屋と松屋、あるいは、すき屋などの牛丼戦争の話などである。売り込む先には、買いなれた顧客が待っていて、買うか買わないかではなく、どのブランドを選ぶかになってきてしまうのである。こうなると、競争の重点がコストとサービスに移る。

 この事実を踏まえて、経営を考える時、この会社の課題を営業力の強化だけに絞ることは、ほとんど自殺行為である。会社が今取るべき対策は、顧客のニーズにあったサービスの開発である。他社とは違った差別化できるサービスの開発が必要なのである。あるいは、コストが徹底的に安くなるような仕組みを考えなくてはならないのである。

 社長は、差別化できるようなサービスを考えなければならないとは言われるのだが、具体的な手だては打たれないで、本心では、それよりも、目先の売上を確保することに注力しないと、会社はもたないと思っておいでである。実際、売上をあげないと資金繰りが苦しくなるのは目に見えてはいるのだが。こんな状態になってしまうのは何が問題なのであろうか。

 もしも、この会社の経営が社長のワンマンで成り立つものではなく、幹部それぞれの強みを生かしたチーム経営になっていたとしたら、どうであったろうか。社長と同じ使命と情熱、そして違う強みと専門を持つ、それぞれの担当役員が、社長と様々な経営についての議論を行いながら、実務の最高責任者として仕事をしていたら。経理や財務の担当役員は、資金繰りを責任持って考えくれる。社長は目先の利益にとらわれず、長期的に見て大きな利益をもたらす無理のないマーケティングによる営業に集中できるだろう。顧客と直に接しているサービス担当の役員は、自社製品の差別化により、他社にはないユニークな商品開発を担当してくれ、きめ細かい顧客サービスを考え実行してくれるだろう。人事や教育の担当、広報の担当、新商品の開発担当、物流や在庫管理の担当……企業には、細心の注意を払って考えていかなくてはならない問題は、いくらでもある。一つの力だけでは、立ちゆかなくなる時は必ず来るのである。経営をきちんと行わない企業は、時流に乗って成長し、時流と共に下降する。

 

経営チームをつくるのはいつか

 いずれチーム経営に持っていきたいのは、やまやまだが、そうした人材はなかなか見つかるものではないと言われる方も多いであろう。実際、出会って3分で一緒に経営することに決めたというびっくりするような話もあるが、そのようなことは稀である。経営チームがチームとして機能するには3年くらいはかかると、Dr.ドラッカーも述べている。

 長年、ワンマンな経営をしてきて、もう一人だけではどうにもならない、以前のような気力も体力もなくなってしまった、というような行き詰まりを感じても、突然チーム経営に切り替えられるわけではないのである。私としては、特に、まだ創業して間もないという企業やベンチャー企業の経営者に、チームで経営するということを真剣にご検討いただきたい。創業期、会社がまだ小さいうちには、自社の商品・サービスが社会に受け入れられるのかどうかということに意識がいってしまっている。このような時期には、必ずしも、経営が必要なわけではないであろう。実際、この時期にものをいうのは、経営手法よりも、やる気と運である。ベンチャーキャピタルの融資担当者が経営者の人となりや意欲を重視しているのには、もっともな理由がある。しかしながら、ある程度の時期を過ぎて、社員の数も増え、取扱い品目やサービスが増加し、取引先も多岐にわたってくるとなると、話は別である。このような時代において、大きくなって複雑な働きをする企業の経営をおろそかにしていると、いつの日か必ず会社は終わりを迎える。自分一人では、決してどうすることもできない日が来る。あまつさえ人間は、事故や病気の危険性、はたまた寿命というものを抱えているのである。

 創業期の大変な時期を共に乗り切った仲間であれば、信頼関係や仲間意識は日常の業務の中で自然と形成されるだろう。先に述べたように、経営チームがチームとして機能するには、最低3年くらいはかかる。ドッグイヤーとも呼ばれるような、時間の動きの早い昨今では、会社も急激に成長する可能性がある。創業間もないうちから、あるいは起業する時にすでに、経営チームをつくっておいても早すぎることはない。早い時期のほうが、スムーズにチームを形成できる可能性は大きい。いくら長年一緒に仕事をしていても、経営者の立場にあるのと、そうではないのとでは、仕事の仕方、会社に対する視点などに大きな違いが生まれてしまう。創業当初は経営の素人であった社長が一人苦労を積み重ねて、長年のうちに経営力をつけてから、メンバーを選定しようとすると、経営力の格差が広がりすぎて、周囲はどうしても頼りない人材ばかりに見えてしまう。また、これは注目すべきことであるが、ベンチャー企業で、創業時にすでに経営チームができていた企業は、そうではない企業よりも成功する確立が高いというような研究の結果も、最近出てきている。いずれ、こうしたことも研究者の方々によって発表されることになるだろう。

 また、比較的大きな企業で、子会社を設立したりされる場合等にも、同じことが言えるかもしれない。一人の人間を選定して、予算をつけて外に放り出すようなことはせずに、最初からチームで経営させることを考慮に入れられてはいかがであろう。社内で、安泰に食べさせてもらっていた時には、大した働きもせずに、上司から見ると困った部下であったとしても、機会を与えられた途端に急に「できる人間」になる人もいる。実際に私も、そういった人を何人か知っているが、環境が人をつくるということもあるし、強みを活かすことが人を生かすことになるのだと思う。

 経営チームをつくって経営を行っておけば、事業を継承する場合に必ず起こってくる様々なアンバランスを最小限にとどめることができる。また、同族経営で、それまで経営を固めてこられたとしても、必ずきっと一族の中から経営者として適した人材を確保できるという保証はない。そうした場合でも、チームで経営を行っていれば、現社長が経営を退いた際のダメージは最小限にくい止められる。

 

経営チームは何人か

 よく聞かれる質問に、「経営チームには何人必要ですか?」という問いがある。もちろんこれは、会社の規模や形態、業務の内容等、その会社の現在と未来のコンディションに左右される。「船頭多くして船、山に登る」などということがあってはならないが、最低3人であることが望ましいと思う。2人いればチームは形成できるし、実際コンビで事業を成功させた事例は数限りない。しかしながら、2人しかいないと、この2人で意見が対立して煮詰まり、感情的対立になった時に、とりなす人がいなくなる。また、一方が引退する時に、「おまえが辞めるなら、わしも辞める。おまえなくしての経営は、わしには考えられん。」ということになりがちである。

 

経営チームの育成

 どのようにしたら、環境に強く優秀な経営チームをつくることができるのであろうか。それには、各企業ごとに、ありとあらゆるソリューションが考えられるであろう。一つ言えることは、何か統一されたノウハウのようなものはないということである。

 大切なことは、何点かある。一つは、各人の強みに従って担当を決めたら、たとえ社長といえども、担当幹部を外して意思決定してはならないということである。チームのメンバーは個人的に仲良くなる必要さえないが、チームワークを壊すようなことはしてはならない。いずれにせよ越権行為はチーム全体の権威の失墜につながるのである。このようなチームビルディングに際しての注意点は、P.F.ドラッカーの著作『マネジメント』(上田惇生訳・ダイヤモンド社刊)に詳述されているので、是非とも参照していただきたい。

 また、画一的にメニューの決められた定例会議の場で集まるというだけでなく、企業の発展と新たなる展開のためには、オフサイトミーティング(職場を離れて開く会議のこと)などの、より自由な意見交換の場を確保する必要があると思う。この際に、意見対立を恐れていては、良いチームの形成は無理である。本当に会社のことを考えるなら、あえて社長にも反対意見の言える人間でないと、経営チームの職責を果たしているとは言えない。また、多角的な視点で経営を見るために、反対意見、少数意見は、例外なく常に必要である。前述したスターバックスの例などは、このために、多様な人間をチームに参画させているのである。また、経営チームが話し合う際に、各メンバーが、それぞれの自部署の代弁者になって、意見対立するようでは、生産的な話し合いは決してなされない。経営チームのメンバーは、常に会社全体のことを考えるという経営者の視点に立脚すべきである。前出のテキサスインスツルメンツの日本法人、日本テキサスインスツルメンツでは、役員会の席で、自部門の利益を考えた発言は厳に禁止されているそうである。

 

 

ドラッカーの5つの質問

 6月に京都で経営チームをつくるための経営講座をスタートさせた時、我々はまず、Dr.ドラッカーの5つの質問について考えることから始めた。5つの質問とは、

1.われわれの事業(使命)は何か

2.われわれの顧客は誰か

3.顧客は何を価値あるものと考えるか

4.われわれの成果は何か

5.われわれの計画は何か

である。この講座では、実質的に経営のトップである方と役員などの経営幹部やその候補生にチームで集まっていただき、経営について学んでいただきながら、学んだことを、実際の経営の場でどのように自社に活かしていくのかについて、その場で経営会議を開いて話し合っていただいている。

 経営チームのメンバーは、それぞれの担当分野における様々な意思決定を行うこととなるであろうが、中には、全体において話し合わなくては決定できない事柄がいくつか存在する。上に挙げた、ドラッカーの5つの質問は、まさにそのような事柄に属するものである。例えば、われわれの顧客は営業やマーケティング担当が決めれば良いではないかと思われる方もいらっしゃるかも知れない。しかしながら、われわれの顧客は誰かという問題は、まさに事業の全体を規定するものとなってくる問題である。なぜならば、本来、事業は顧客から出発するべきだからである。顧客を誰と考えるかで、その顧客が価値と考えるのは何かが決まる。その顧客が必要とし、顧客の望む商品やサービスを開発し、提供してはじめて、企業は市場に受け入れられることとなる。それを考えずに、自社の都合から生まれた製品・サービスを強力に売り込もうとしても成功する確率はきわめて低い。

 このように、会社全体にかかわり、経営チーム全体で話し合わなくては決定できない、企業の根幹にかかわる事柄について、まずメンバー全員で話し合うこと、そして、互いに異なる意見を出し合い、時に激論を戦わせながら、一つの結論を導き出して行くという過程において、経営チームが徐々に形成されていくのである。

 Dr.ドラッカーのアドバイスに従って、受講生の方々には成果レポートをご提出いただいているが、例えば第1回講座終了後、経営者の方々から 

★今まで、今後の会社の方針について、事あるごとに話しているつもりだったが、こうした討議の場をもってみて初めて、必ずしもそうではなかったし、自分が思っているほどには幹部に伝わっていなかったとつくづく分かった

★幹部同士の信頼関係を築かねばと言っていたが、具体的には策がなかった。このようなテーマで話し合いを重ねることによって、それが可能になるのだと思える。

★5つの質問(講座の最初に学んでいただく、ドラッカーの5つの質問)について話し合う事の重要性を実感した。

等のお声が出た。一方、チームメンバーの方々からは、

★社長が何を考えているか、なんとなく分かってきたが、そのための自分の役割が、まだ、よく掴めていない。

★自分がやらなくてはならない事は分かってきたが、部下にどう浸透させたらよいかが分からない。という報告があったりした。普段の仕事の中で、どれだけ「事業について」の考え方に共通認識が持てているのかという振り返りは大変に重要なことであるし、また、何が学べたか、何がまだわからないのかを明確にすることによって、今後の課題が明らかになっていくのである。

 先日ある幹部の方から次のようなメールをいただいた。長文なので要約してあるが、「以前から全社に事あるごとに伝えてきた「われわれの使命」だが、これまで職員に全く浸透していなかった。そのわけが今回の研修でおぼろげながらわかってきた。われわれの使命や事業の内容が、一人ひとりの職員がワクワクするようなものとして表現できていない等、我々幹部にも問題はあるが、職員が「使命」の重要性を理解していない、社会の動きをよく見ていない(→顧客を考えていない)のが大きな問題である。単に「ミッション」を伝えるのでなく、それが、大切であることの理由、それに向かって仕事をすれば、どんな喜びが得られるのかをイメージした教育をしなくては、職員たちが使命感を持てず、仕事の成果が上がらない。今回のディスカッションで、「われわれの使命」に至る背景や「使命」の必要性が話し合われ、今後どんな事業展開にしていくべきか、Kさん(サポート役のコンサルタント)に具体的にいろいろな角度からのアドバイスをいただいて、私も含め、チーム全体がワクワクしてきたような気がします。ここのところ、仕事上で少しネガティブになっていたのが、何か吹っ切れたようです。」このような幹部の方の意識変化は組織に計り知れない影響を与えるものである。また他にも、特筆すべき事に、今まで会社全体のことを考えるという視点を持てていなかった若手の方々が、幹部の自覚を持って、日々の仕事を見つめ直すようになっていかれる過程に、私たちは大きな可能性を読み取っている。

 

もうひとりの経営者

 経営チームの育成の仕方には、他にもいろいろな手法が考えられると思う。しかし、大切なことは、実地に経営幹部の仕事を任せることであると思う。いくらハードな学習スタイルで体系的に学ばせたとしても、実務に当たらせることに比べたら成果はずっと少ない。

 優秀な人材不足に悩んで、断念される方もいらっしゃるかもしれない。しかし、トップが諦めてしまっては、それでおしまいである。自分一人で経営の重責を担い続ける状況は、いつまで経っても変わらない。私には、外部に良いブレーンが、たくさんいるからいいのだと言われる経営者の方に、一つ考えていただきたい。もしも、あなたに万が一のことがあった時、会社は存続できるのだろうか。あなたが大切に守ってきた会社が、あなたが経営者の椅子を去った後も変わらず存続する時、あなたの名は、会社の中に生き続けるのである。

 優秀な人材を探し求め、育てる努力を、何にもまして大切に考えていただきたい。それが長い目で見て会社の役に立つのは言うまでもない。あなたと同じ使命、同じくらいの熱意を分け持った、あなたとは違う能力と強みで経営にあたる、もうひとりの経営者を、ひとり、またひとりと増やし続けて、真に成功する企業を創り上げていただけたらと、本当に心から願う次第である。 

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